常識を覆すチケット市場
カレッジフットボール・プレーオフ(CFP)のような国民的イベントのチケットは、需要が殺到し、価格が高騰する――。多くのファンがそう信じて疑わないでしょう。しかし、12チーム制へと拡大された新フォーマットは、その常識を根底から覆し、一部の試合で劇的な価格暴落を引き起こしています。
なぜ、準々決勝のような大一番のチケットが数十ドルで買えるのか?なぜ、大学の公式価格より二次市場の方が安いのか?本記事では、最新のデータと学術研究に基づき、CFPチケット市場に隠された「5つの意外な真実」を解き明かします。
真実1:ビッグゲームほど安い?「ファン疲労」が引き起こす価格の逆転現象
2024年のプレーオフは、あらゆる常識を覆す市場の衝撃をもたらしました。それは、チームが勝ち進むほどにチケットが安くなるという、直感に反した逆転現象です。
シーズン初戦、インディアナ大学対ノートルダム大学の試合では、二次市場のチケット価格が900ドル以上にまで高騰しました。しかし、そのわずか数週間後に行われた準々決勝ラウンドでは、シュガーボウルが45ドル、ピーチボウルが28ドル、フィエスタボウルが65ドルという、信じられないほどの安値で取引されていたのです。
この価格逆転の主な原因は「ファン疲労」にあります。熱心なファンであっても、1ヶ月の間に何度も遠征することは「経済的に不可能」です。この現象は、主催者側の根本的な計算違いを浮き彫りにしました。スポーツジャーナリストのTrey Wallace氏が指摘するように、ファンに複数回の遠征を期待するのは非現実的でした。
Asking fans to travel four times in the span of one month was wishful thinking, and I’m being nice when I characterize it that way.
「わずか1ヶ月の間に4回もの遠征をファンに求めるなど、あまりに虫の良い話だ。これでもかなり言葉を選んで(手加減して)言っているのだが。」
-Trey Wallace- “CFP Ticket Prices Are Plummeting, As Fans Are Forced To Make Tough Decisions With New Format”
真実2:チケット購入は「待つ」が勝ち組?時間と共に価格は下落する
ファンにとって最も実用的な情報の一つは、チケット価格が試合日に近づくにつれて一貫して下落する傾向があるという事実です。
学術誌『Journal of Issues in Intercollegiate Athletics』に掲載された研究では、二次市場における最低価格、いわゆる「Get In Price」が、試合日が近づくにつれて直線的に減少することが統計的に示されました。
この学術的な発見は、別の研究(arXiv)が示す市場の実際の動きによって裏付けられます。その研究によると、チケット取引の大部分はイベント直前に集中していることが明らかになりました。これら二つの研究は、市場動向の明確な全体像を描き出します。価格が下落することを知っている賢明なファンが、意図的に直前まで購入を待つことで、自ら「価格が下がる」という市場の現実を作り出しているのです。これは単なるトレンドではなく、市場力学と消費者戦略の間に存在する直接的な因果関係と言えるでしょう。
真実3:大学が売る「公式価格」は市場価格より高い
驚くべきことに、大学が公式に設定する一次市場のチケット価格が、二次市場の実勢価格よりも高いケースが頻繁に見られます。
前述の『Journal of Issues in Intercollegiate Athletics』の研究分析によると、大学が設定した公式チケットの平均価格は、調査したすべての期間において、二次市場の最低価格の平均を一貫して上回っていました。さらに、試合日が近づくにつれて、その価格差は拡大する傾向にありました。
なぜ大学は市場価格よりも高い値段を維持するのでしょうか。考えられる理由としては、ファンから「価格をつり上げている」との批判を避けたいという思惑や、シーズンチケットホルダーをはじめとする様々なステークホルダーへの配慮などが挙げられます。しかし結果として、ファンは公式ルートよりも二次市場で安価なチケットを見つけることができています。
真実4:プレーオフ拡大がもたらした「需要の希薄化」
プレーオフが12チームに拡大したことは、参加する大学やカンファレンスに巨額の収益をもたらしました。その一方で、ファンにとっては大きな負担増となり、結果としてチケット需要を希薄化させています。
CFPの収益分配モデルは、学校側の金銭的インセンティブの大きさを物語っています。カンファレンスは、所属チームがプレーオフに出場するだけで400万ドルを受け取り、さらに準々決勝に進出すれば追加で400万ドル(累計800万ドル)を獲得します。準決勝まで勝ち進めば、さらに600万ドルが加わり、合計で1400万ドルもの分配金がもたらされるのです。
しかし、その裏でファンは複数回の遠征という経済的・時間的負担を強いられます。その結果、特に中立地で開催される準々決勝などでは需要が分散・減少し、2024年シーズンに見られたようなチケット価格の暴落につながったのです。
真実5:価格を最終的に決めるのは「地理」
対戦カードの質やチームの人気以上に、地理的な要因がチケット価格に絶大な影響を与えています。2024年の初戦2試合が、その事実を如実に示しています。
- インディアナ大学 vs. ノートルダム大学: 両校のキャンパスは車でわずか2時間程度の距離にあり、ファンが容易に移動できました。この地理的近さが熱狂的な需要を生み、チケット価格は900ドル以上にまで高騰しました。
- SMU vs. ペンシルベニア州立大学: こちらの試合のチケット自体は105ドルと安価でした。しかし、開催地であるペンシルベニア州ステートカレッジへの航空券や宿泊費が非常に高額であったため、多くのファンが遠征を断念。結果として需要は伸び悩み、価格は低いままでした。
これらの事例が示すのは、ファンが考慮するのはチケット価格だけでなく、移動や宿泊を含めた「観戦総費用」であるということです。結局のところ、「ファン疲労」(真実1)や「需要の希薄化」(真実4)といった概念は、ファンがこの観戦総費用を計算し、負担が大きすぎると判断した直接的な結果に他ならないのです。
結論:ファンとビジネスの新たなバランス点を探して
12チーム制へのプレーオフ拡大は、チケット市場にこれまでになかった複雑で直感に反する力学を生み出しました。ラウンドが進むほど価格が下がり、公式価格が市場価格を上回り、地理が対戦カード以上に価格を左右する。これらは、新しいCFP時代における紛れもない現実です。
今、CFPの設計者たちが直面している問題は、この新たな市場の現実が「バグ」なのか、それとも「仕様」なのかということです。彼らはファンの負担を軽減し、スタジアムの熱気を取り戻すためにフォーマットを再調整するのでしょうか。それとも、テレビ放映権収入を最優先するプレーオフシステムにとって、がらんとした上層階スタンドと格安チケットは「ニューノーマル」として定着していくのでしょうか。今後の市場の動向から目が離せません。
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